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NHKスペシャル番組「無縁社会」は無縁にしたい。

熊本市生まれの母が他界して今年で16年になる。
歌自慢の母は若い頃「近江絹糸」代表だっといつも自慢していたが
水害で一家は離散し再婚した母親の元(天草)で私の父と結婚した。

波乱万丈の人生である。
父は沖縄で戦死、残された家族は子ども七人と病気の祖母と母の
9人家族だった。

家族は生きて行くために道路端の雑草も食べて飢えをしのいだ。
私が小学3年生の時の話しです。

〇夕暮れ時、母と私はリヤカーを引きながら畑から家路に向かっていました。
そして遠くに見える我が家を眺めて。

私「母ちゃん、ボクの家は近所じゃー 一番ボロに見えるとばいね」と言ったら母は涙して。

母「よかばい、どがん゛貧乏しても心は貧乏しとらんばい、あの家の
下には皆の笑顔があっと」と言った。

〇障子は穴が空きバラバラ夜露をしのぐだけの家に見え。
「貧乏でも良い、心の貧乏でなければ良い」母は私に教えてくれまし
た。

2/10日は私の誕生日、子供4人と孫7人は・・・
私の誕生祝いをしてくれるとのこと。

私の誕生日は母苦難の日でもある。
母にお線香を上げて今日も元気に生きている自分に感謝したい。

〇母は死ぬ前私に言った。

私「母ちゃん死ぬのは怖くはないね」と。

〇そうしたら母は。

母「よかばい、私の子は皆な良か子ばかりたい、何の悔いがあるもん
かね」と言った。

私は子供に上げる財産は無いが何時も「心だけは貧乏するな」と教
えてきた。

あの日、リヤカーの後押しを しながら母が教えてくれた言葉が懐か
しい。

今 残っている母と子の証拠は臍の緒である。

「母ちゃんに感謝して臍をなでて。
頑張る毎日です。

(追伸)親子ふれあい家庭菜園の会が千葉県我孫子市の後援受けることになりました。

それに自伝は第3章で行き詰まりしていましたが全国訪問20年は
北海道東北編や南国沖縄編に分割し第7章6項目まで書く道筋が
出来ました。
これからも応援何卒よろしくお願い申し上げます。

私にとって「無縁社会」は無縁です。
母がそのように教えてくれましたから。終わり。
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