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卑弥呼の宮殿出土?

邪馬台国畿内説で最有力地とされる奈良県桜井市のまきむく遺跡で
卑弥呼が活躍した時代とされる三世紀前半から中頃の
大型建物の遺構が出土し今日 現地説明会が行われました

説明会は十時からの予定でしたが 参加者が多いため九時から始められました

調査地は南一キロに卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳 また南東には優美なすがたの三輪山が望めます

出土した建物跡は南北19.2M東西6.2M以上ですが建物のバランスや柱穴の形から東西は二倍の12.4Mと桜井市教委は見ています

まきむく遺跡は3~4世紀の国内最大の集落遺跡でこれまで関東か
ら九州まで各地の土器が出土しています
この一帯には初期の前方後円墳が多数作られ大和政権誕生の地と
されてきましたが卑弥呼との関連は謎のままでした

今回の大型建物の遺構出土で卑弥呼の治めた邪馬台国がここ
まきむく遺跡との説が一段と高まりました

研究者の多くが邪馬台国畿内説を支持するのに対し 歴史フアンが
多いのが九州説です

あなたはどちらですか?
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卑弥呼の里

昨日 古代ロマンを求めて 誘われるままに 纏向遺跡の 発掘現場に 行きました 
 天気は曇りで肌寒い にもかかわらず 大勢の人が 集まっていました  
現場とは 離れた 広場で 順番待ちをして 一時間半 
 ようやく 卑弥呼の居宅ではないか と言う 発掘現場に・・・
 そこは、JR桜井線の巻向駅の近く 線路わきに 遺跡発掘現場が ありました
 20分ほどの 説明でしたが 俳優の 刈谷さんが 気になって 話半分でした 
 結論は 柱の遺構で 建物の構造や 何に使われていたのか
までも 推測できると 言う事に 驚き入った 訳であります
 ついでに 近くの 大神神社に お参りして 帰りました

東京裁判

東京裁判で28人の戦争犯罪被告人の弁護をする主任弁護人5人。最初から有罪だと決めているような戦勝国の判事や検事を相手に、罪状を争うという裁判本来の仕方でなく起訴状の誤訳の修正とか裁判官の忌避とか、「重箱の隅をつつく」戦い方をしていく弁護人たちを描いている。それぞれの経験から生ずる思いを持っているが故に、発言が暴走し不利に働いたりもするが、なんとしてもこの日本人たちを救うのだという姿勢を持ち、戦争に敗れたとはいえ誇りを失っていない弁護人たちに感動する。原爆にあった弁護人が報復権の行使について述べるシーンでは涙。空席がもったいない

邪馬台国

推理作家の高木あきみつ著の「邪馬台国の秘密」「邪馬台国推理行」を10年ぶりに何度目かの読み直しをしました。この人の邪馬台国が一番共感を覚えます。

邪馬台国の比定をするための前提としては以下の通りです。
①魏志倭人伝の文章を自分勝手に改定しない(南となっているのを東の間違いだろうから東と勝手に読み替えるとか勝手に改定しない)②現在の地名を当時の地名にあてはめない③当時の海岸線を考慮する④距離の単位の里は現在の距離は対馬と壱岐島の実際の距離と魏志倭人伝に記述されている1000里から求めている⑤その他

この結果邪馬台国は九州の宇佐市あたりであり、卑弥呼の棺は
宇佐神宮境内に埋められていて、実際何十年か前に工事をした際
地中から出てきて又埋め戻された石棺がそれだ、というものです。

その他数々の検証結果及び推理に引き込まれました。是非次回北九州に行く用事の時には立ち寄ってこようと思っています。

私の記憶では昭和50年前後邪馬台国に関する本がたくさんでてましたが、高木あきみつさんの本が出てから静かになった、という印象を持っています。

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